Columns|コラム【論語と私】全11回

第8回 君子喩於義 小人喩於利

子曰 君子喩於義 小人喩於利

君子は義に喩(さと)り 小人は利に喩る


君子は正義をよりどころとして小人は利益をよりどころとする

という意味だそうです。


前回「自分は傲慢だった」というお話をさせていただきました。

この言葉も同じ意味合いを持っているというのが私の印象です。


会社員として企業の一員である時、

会社の目標に向かって行動し、期待された成果を出すことが責務だと思っています。

自分の知見と時間を提供しその対価として給料をもらうという契約を結んでいる以上、

その契約を履行することが使命だと思うからです。


会社の目標はスタートアップ時は多くの会社は売り上げを拡大することに置くでしょう。

成熟した会社、大企業と呼ばれる会社は利益を最大化することに目標を置くでしょう。

私がいた会社は国際的にも大会社に属すると思われ、

その例外なく「利益拡大」が会社の目標でした。

私が入社した20数年前は、お客を驚かせること、喜ばせることが我々の使命

というメッセージが社員に伝えられ、

一般社員は目標を「利益」ではなく

「どうやってお客を驚かせるか」において行動をしていた気がします。

もちろんアッパーマネージメントは利益の最大化を

一生懸命画策していたと思いますが、

少なくとも当時の私のような一般社員には

そういう雰囲気は感じませんでした。


ところが年々その空気は変わってきて、

一般社員がボールペン1本買うのにも神経を使うようになってきました。

「コスト意識を持つように」と。

その時は一般社員も含めて

「1円でも多くの利益をあげること」が会社の目標として浸透していました。

私も中間管理職としてその片棒を担いでいました。

間違ったことだとは思いません。

会社は株主が資金を拠出して、

経営者と従業員がその資金を活用し利益を最大化させること、

それが社員の役割である、

「ものいう株主」が目立ってきたこのご時世、

これは当たり前という風潮だったからです。

そのためには、「コストに合わないから」と

強引なコストダウン要求、

取引先との取引停止、という議題が

当たり前のようにあがってきます。

逆もしかりで、お客様から大変厳しいご要望をいただくこともしょっちゅうです。


「義」なんていう感覚はそこに入る余地がなかった、

これが正直な印象です。

でも会社側は決して間違ったことをしているわけではないんです。

むしろやらなければならないことを、愚直にやろうとしているわけです。

「今の利益を追い求めていけば」です。


でもそこに私は「信頼関係を醸成することはできない」という

残念な思いがでてきました。

自分の都合でそれまでの関係反故にするような世界で

信用は積み上がっていきません。

少なくとも私にはできません。


退職して今私は経営者としてやっています。

株主は私です。従業員も私だけです。

だから違ったスタンスで取引先とおつきあいすることが可能です。

いいか悪いかではないと思います。

そうしたいかどうか、です。

私は「そうしたい」です。



出展:イースト・プレス まんがで読破「論語」



「第7回 君子坦蕩蕩 小人長戚戚・・・」

「第9回 學而不思則罔 思而不學則殆」

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